ワンヘルスの推進
One Healthとは?

高病原性鳥インフルエンザなどの人獣共通感染症の脅威を受け、2004年9月にニューヨーク州マンハッタン地区で野生生物保護協会(WCS)主催のヒトと動物と野生動物の感染症に関する国際会議が開催されました。その中で動物とヒトとそれを取り巻く環境は相互に地球規模で密接に繋がっていると包括的に捉え、「One World-One Health」という標語が提唱されました。そして、世界中の専門家が、感染症リスクの抑制を図る戦略的な枠組みとして提示した12の行動計画、いわゆるマハッタン原則が採択されました。
その後、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(WOAH)、世界保健機関(WHO)、国連環境基金(UNEP)などの国際機関が、政策・国際協調の枠組みとして定着させる中で、より簡潔で実務的な用語として「One Health」が世界的に用いられるようになりました(図1)。One Healthとは、ヒト、動物、環境の健康を維持していくために、どの一つの健康も欠かすことができないとの認識に立ち、それぞれの健康を担う関係者が緊密な協力関係を構築することにより、これらの3者の健康を維持・推進していこうとする考え方です。One Healthの対象は、地球規模の環境問題にとどまらず、薬剤耐性菌対策、人獣共通感染症対策、伴侶動物や産業動物の衛生管理など、現場レベルでの実務や政策協調まで幅広いものです。
One Healthの理解を深めるために
One Healthの理解をさらに深めるために、現在、獣医師会が重点的に取り組んでいる薬剤耐性菌対策と人獣共通感染症対策から考えてみましょう。
1.薬剤耐性菌対策

ウシやブタなどの家畜やイヌやネコなどの伴侶動物は、ヒトと同じように微生物による感染症に罹患することがあります。その時に治療目的で抗菌薬(抗生物質や合成抗菌剤のこと)が使用されることがあります。また、家畜では成長を促進する目的で微量の抗菌薬を飼料に混ぜて長期間投与する抗菌性飼料添加物が使用されています。
動物ではほとんどの抗菌薬が経口的に投与されており、主に腸管内で薬剤耐性菌が出現します。また、極わずかに生息する薬剤耐性菌が抗菌薬によって選択・増殖して感受性菌に入れ替わって腸管内に定着します。動物で出現した薬剤耐性菌のヒトへ至る伝播経路の概略を図2にまとめています。感染症に罹患したヒトや動物に抗菌薬を使用することで、原因菌が薬剤耐性菌に置き換わることがあります。一方、健康な家畜で出現した薬剤耐性菌は、食肉加工段階で主に肉の表面を汚染し、加熱不十分で喫食したり、まな板や野菜を汚染することで、経口的にヒトへ伝播します。また、外見上健康そうな動物の糞便にも多くの薬剤耐性菌が含まれており、薬剤耐性菌は堆肥として畑などの環境にばら撒かれて、野菜や野生動物を介してヒトへ伝播することも知られています。加えて、動物とヒト間では環境を介する伝播経路もあることが知られています。さらに多くの伴侶動物は家庭内で飼育されているため、伴侶動物で出現した薬剤耐性菌は直接的にヒトへ伝播し、ヒトの薬剤耐性菌も動物へ伝播することが知られています。つまり、薬剤耐性菌は動物、ヒト、環境などの生態系で循環しており、ヒトの薬剤耐性菌問題は決してヒトだけでは解決せず、また動物の薬剤耐性菌問題も動物だけでは解決しないことから、まさにOne Healthでの薬剤耐性菌対策が求められているのです。
WHOは2015年に薬剤耐性国際行動計画を採択し、2年以内に加盟各国が自国の行動計画を策定することや、ヒトと動物などの保健衛生の一体的な取組み(One Health approach)を推進することが確認されました。これを受け、日本では2016年と2023年に政府が薬剤耐性行動計画を制定し、医療分野と動物分野でOne Healthに基づく各種の薬剤耐性菌対策が実践されています。最近、少し遅れましたが環境分野における活動も推進されています。
2.人獣共通感染症対策
次に人獣共通感染症である狂犬病と新型コロナウイルス感染症の伝播経路から、One Healthを考えてみたいと思います。
(1)狂犬病

狂犬病は重篤な神経症状を示し、ほぼ100%の死亡率を特徴とするウイルス性の人獣共通感染症です。日本では狂犬病予防法に基づき、ワクチン接種や放浪犬の捕獲が行われた結果、1957年のネコにおける発生を最後に世界的にも珍しい狂犬病のない国になりました。一方、アメリカをはじめ多くの国において狂犬病の発生が継続的に認められており、特に発展途上国では被害が著しく、多くの犠牲者が出ている状況です。ヒトを含むすべての哺乳類は狂犬病ウイルスに感染すると言われています。狂犬病ウイルスのヒトに至る伝播経路を図3に示しました。感染動物の唾液中のウイルスが咬傷によって、ヒトや動物に感染します。発展途上国ではイヌが主に病原巣(病原体が本来生息している場所)となるのに対し、先進国では食肉目(キツネ、タヌキ、アライグマ、スカンク、マングース、コヨーテ、オオカミなど)や翼手目(各種コウモリ)などの野生動物の間でウイルスは維持されています。これらの病原巣がヒトや動物の感染源となります。最も重要なヒトの感染源はイヌで、狂犬病の犠牲者の99%以上がイヌによる咬傷で感染しています。したがって、狂犬病ウイルスも動物、ヒト、環境(野生動物)で循環していると言え、One Healthの考えにより、イヌからヒトへの伝播を抑制する必要があります。この伝播経路を遮断するために、イヌにワクチン接種を励行することが非常に重要であり、北海道獣医師会では狂犬病ワクチン注射を推進しています。イヌで狂犬病が完全に制御された場合、ヒトで狂犬病が流行することはありません。
(2)新型コロナウイルス感染症

2019年12月1日に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最初の患者が中国の武漢で発生しました。その後、世界的にCOVID-19が爆発的に流行し、2020年12月時点で日本でも173万人の感染者と18,000人を超える死者が報告されています。原因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染経路は今もって不明な点が多く残されていますが、概ね図4のように考えられています。まず、ウイルスが広東省深圳市食品売り場で売られていたハクビシンなどの小動物で見つかり感染源と考えられました。しかし、その後、野生のコウモリからも類似のウイルスがいくつか発見されました。したがって、現在得られている知見をまとめると、SARS-CoV-2はコウモリに感染していたコロナウイルスが自然界でハクビシンなどの野生動物へ伝播し、それが食品市場などで販売されてヒトに感染したと考えられました。そんな中、SARS-Cov-2と極めて類似した構造のウイルスが鱗甲目のセンザンコウで発見されたことから、コウモリコロナウイルスがセンゼンコウウイルスと組換えが起こってヒトに感染し、ヒトからヒトへ感染が広がったと考えられています。なお、SARS-CoV-2は自然界でイヌ、ネコ、トラ、ライオン、フェレット、ミンクに感染することが報告されており、ミンクからヒトへの感染も報告されています。
これまで述べたように、野生動物を含む多種類の動物が感染するため、動物での感染対策が困難であり、ヒトについての予防対策を推進する必要があります。例えば、「マスクの着用を含めた咳エチケット」、「手洗い」、「換気」が効果的ですし、積極的な予防対策としてワクチンの接種が勧められます。
日本獣医師医会のOne Healthに関する取り組み概要(図5)

日本獣医師会がOne Healthに取り組む切っ掛けとなったのは、2012年10月に世界獣医師会と世界医師会がワンヘルスに関する連携の覚書を交わしたことに始まります。これに引き続き、翌年、日本獣医師会は日本医師会とワンヘルスに関する学術協力の協定書を締結しました。その後、全国の地方獣医師会と地方医師会が協定書を締結し、47都道府県すべてで協定書が締結されています。北海道獣医師会は2016年3月に北海道医師会と学術協力の推進に関する協定書を締結しています。このように日本医師会と日本獣医師会がOne Healthに関して強く関心を示す背景として、医療分野と動物分野における薬剤耐性菌の蔓延が挙げられます。また、高病原性鳥インフルエンザなどヒトに感染する感染症の病原体の多くは動物由来とされており、人獣共通感染症対策の関心も高まってきたからです。

全国的に医師と獣医師にOne Healthの重要性が広く知られる切っ掛けとなったのは、2016年に世界医師会、世界獣医師会、日本医師会、日本獣医師会の4団体共催で、第2回ワンヘルス国際会議が北九州市で開催されたことです。その中で調印された「福岡宣言」は、人獣共通感染症対策および薬剤耐性菌対策における医師と獣医師の連携の重要性を述べています(図6)。その後、日本獣医師会の藏内勇夫会長が、2022年にアジア獣医師会連合(FAVA)の会長に選任され、2024年4月には世界獣医師会の次期会長に選任されました。藏内会長は積極的に加盟国に対してOne Healthの重要性を普及・啓発しています。日本獣医師会は2026年4月に東京で「ワンヘルスで世界の獣医療が示す未来」をテーマに、第41回世界獣医師会大会2026を主催し、海外から多くの参加者を迎えてOne Healthの重要性を世界に向けて発信しました(図7)。

北海道獣医師会のOne Healthに関する取り組み概要(図8)

北海道獣医師会は公益目的事業である、人と動物が共生する豊かで健全な社会の発展に貢献する事業として、狂犬病予防注射を推進しています。毎年、注射実施率の向上を目指して、北海道・札幌市・動物愛護団体などと連携して、札幌市地下歩道空間で狂犬病予防注射啓発イベントを開催しています。北海道獣医師会として、One Health活動を強化する切っ掛けとなったのは、先にも述べた2016年に北海道医師会とOne Healthに関する学術協定を締結したことです。その後、COVID-19の蔓延した年を除いて、毎年、北海道医師会と北海道獣医師会から推薦する演者に講演していただき、One Health連携シンポジウムを開催しています。最近では、2024年にエゾウイルス感染症、2025年に重症熱性血小板減少症候群(SFTS)(図9)、2026年にエキノコックス症をテーマに開催し、多くの医師や獣医師が参加して活発な討論が展開されました。
また、One Healthの一角にあるヒトの健康に重要な歯科医師との連携を図るために、2024年9月に北海道歯科医師会と学術協定を締結しています。2025年には、ヒトと伴侶動物で問題視されている「歯周病」をテーマにシンポジウムを開催しました。

One Healthの活動を推進する中で、獣医師の理解は深まってきたものの、道民の認知度は極めて低いものでした。そこで、道民の理解を深めることを目的に、2024年から「北海道ワンヘルスフェア」を開催しています。2025年には札幌市小動物獣医師会が主催する「動物愛護フエスティバルin 札幌」の会場において、「北海道ワンヘルスフェア2025」を開催いたしました(図10)。当日は伴侶動物同伴で約3,000名の参加があり、道内3獣医系大学の出展ブースには大勢の参加者で賑わっておりました(図11)。また、ミニセミナーにより、人獣共通感染症や薬剤耐性菌に関する知識を広めました。この企画はOne Healthの普及・啓発活動にとって、非常に重要なイベントと考えており、今後も継続して開催する予定です。
現在、北海道獣医師会はOne Healthに関する活動として、これまで述べてきたように、人獣共通感染症対策や薬剤耐性菌対策に焦点をあてて対応しています。しかし、One Healthの対象としては、それ以外にも「環境問題」や「人と動物との共生社会作り」や「健康づくり」、そして「環境と人と動物のより良き関係作り」にも深く関係しており、One Healthは人が人として生きていく上での基本的事項を推進する基礎的な考え方になります。したがって、今後も北海道獣医師会は、さらにOne Healthの活動を推進していきます。



